この秋大注目の映画『ムーンライト・シャドウ』は不思議な感覚に包まれる魅力的な映画
『白河夜船』『デッドエンドの思い出』『アルゼンチンババア』と数多くの小説が映画化を果たしてきた吉本ばななさん。そんな吉本さんの初期の名作とされる1988年に刊行された『キッチン』に収録された短編小説『ムーンライト・シャドウ』が、発表から30年以上の時を経た2021年についに初の実写映画化を果たすことになりました。
原作が世界30か国以上でも翻訳されているということもあり、邦画という枠組みでありながらも監督を務めるのは、マレーシア出身の監督であるエドモンド・ヨウさんという驚きの企画となっています。
一風変わった撮影のアイディアなどが盛り込まれ、現在と過去、現実と幻想が入り混じったような不思議な感覚に包まれる長編作品が誕生することとなりました。
そんな、『ムーンライト・シャドウ』。
本作をこれから観ようと思っている人はもちろん、とりあえずどんな映画なのか興味を持ったという人も居るでしょう。本作を実際に観てみた感じた魅力や、このポイントを知っているとより楽しめるという見所を紹介していきます。
『ムーンライト・シャドウ』は“川”がポイントの映画
『ムーンライト・シャドウ』は、ある町で出会ったさつきと等(ひとし)という二人の若者二人が出会い恋人となり、彼らのいく末を描いた物語となっています。
本作の鍵となるのが“川”。作中では何度も橋や川が登場しており、本作の重要な舞台となっています。例えばさつきや等がコミュニケーションを取る印象的なシーンには、橋もしくは川が用いられることが多いです。
映画などで川が使われる際には、川は時間の流れや人生の行く末を暗示していたり、川の挟んでこちら側とむこう側に隔てられたりすることからも、生と死の境を表現することに用いられています。
そういった前例を踏まえると、前述のような橋の上で繰り広げられるシーンも象徴的。『ムーンライト・シャドウ』では普通の幸せな恋愛ストーリーだけで終わることなく、この世とあの世という隔たりが重要な意味を持つ内容となっています。
ちなみにロケ地には多摩川に架かる東京都羽村市にある羽村堰下橋が選ばれており、歩行者専用となっているこの橋での二人のやり取りは、本作でも強く記憶に残るシーンです。
大切な人の「死」とどう向き合うか
『ムーンライト・シャドウ』では、ある出会いから恋人同士となったさつき(小松菜奈 )と等(宮沢氷魚)、そして二人の出会いをきっかけに親しくなる等の弟の柊(佐藤緋美)、そしてそんな柊の恋人であるゆみこ(中原ナナ )という四人が主な登場人物となって物語が進んでいくことになります。
穏やかで幸せな日々が紡がれる中、突如登場キャラクターたちの前にある人物の「死」が突きつけられるシーンが待っています。大切な人の死を前にして、残された人間はどう向き合っていくのか。戸惑いながらも、どう気持ちに整理をつけていくのか。それをじっくり時間をかけて描いているのです。
明るく笑って楽しむようなラブストーリーとは一線を画す物語ではありながら、幸せな時間の多幸感やそれを失った時の喪失感は多くの人に共感をもたらすもの。実際に作中で描かれるような出来事を体験したことがないという人も、いずれ来る“その時”を真剣に考えさせられるような真摯な物語が描かれます。
重くなりすぎかねない内容ですが、『ムーンライト・シャドウ』ではそれを神秘的な雰囲気で彩り、「死」だけでなくその裏側にある「生」の美しさも描く希望にも満ちた映画というバランス感がまた絶妙なのです。
静かに物語に向き合える映画
恋愛ものの映画と言えば、結ばれるのか結ばれないのかといったドキドキハラハラさせるような作品をイメージする人も多いかもしれませんが、『ムーンライト・シャドウ』が面白いのは早々に、主人公のさつきと等は付き合い始めている状態から物語は描かれていきます。
いつ恋人となったのかといったディテールを描かなかったりと、観ている人の想像をかきたてるような演出は、どこか文学作品を読んでいるかのような体験になっているのも面白いところ。
主人公たちがこれからどういう行動を見せていくのかを追っていくというよりも、“起こってしまった”ことに対して、キャラクターたちのセリフや表情をじっくりと追っていくような映画となっていて、作中で起こる事件に対して、作品時間の90分強、静かに向き合うことのできる映画となっています。
陽の光や、川のせせらぎ、日常の生活音、そして鈴の音。そういったものに包まれながら、時間の歩みを肌で感じられるように描かれており、その刻々と進んでいく環境そのものが作品のテーマにも見事に合った描き方のように感じられました。
キャラクター造形を深めさせている俳優陣
そんな一風変わったラブストーリーを演じるのが、今や多くの映画で主演を務めている小松菜奈さん。そのお相手となる誠実な青年・等役には、近年のドラマや映画で活躍して新人賞を多数獲得している宮沢氷魚さんです。そのほか等の弟・柊役には佐藤緋美さんや柊の恋人のゆみこ役には中原ナナさんら注目の若手俳優陣が脇を固めます。
役者陣のリアルな演技も注目なのですが、中でも驚かされるのが、これらのキャラクターそれぞれ、もし死んでしまった人間に会うのであれば誰に一番会いたいかを、順に語っていくシーンです。やけに自然な雰囲気がすると思いきや、なんとこのシーンは台本にはない急遽追加されたシーンで、短い各キャラクターの設定が描かれたメモを頼りに、役者陣が自身で回答を考えて、役に昇華しているシーンだというのだから驚きです。
果たして各人の回答がどんなものなのか。その演技ももちろん、映画のなかでどう描かれて、このシーンが作品にどう用いられてるのかも注目して欲しいポイントです。
キーとなる“月影現象”の描き方に注目
『ムーンライト・シャドウ』の最大の仕掛けとなっているのが、不思議な“月影現象”です。
月影現象とは、現世の人間が、満月の夜の終わりに死者ともう一度会えるかもしれないという現象のこと。作中では、都市伝説かのように語られています。普通あり得ないようなこの現象を、作中ではどう物語に取り込んでいるのかにも注目して欲しいところです。
一歩間違えれば、オカルトな雰囲気にもなりかねない内容ですが、「もしかして怖い映画?」と心配している人もご安心を。あくまでもラブストーリーである点には一貫しています。
そんな映画の雰囲気の調整に一役買っているのが、本作の物語に一風変わった関わり方をする麗という女性のキャラクター。どこか浮世離れをした印象を受けるものの、けっして悪い人ではないように感じさせる難しい役どころを、臼田あさ美さんが見事な演技で演じきっています。
まとめ
一口にラブストーリーといっても、ある意味硬派であり、それでいて万人が親身に受け取り得る物語となっているのがこの『ムーンライト・シャドウ』です。
「死」を前にして登場人物がそれをどう受け入れていくのか。そして前に進むことはできるのか。誰もが体験し得る体験に優しく道標を添えてくれる内容となっているので、もしかすると、今後もなんらかの節目の度にこの映画を思い出すという人も出てくるのではないでしょうか。
そういう意味でも、ぜひ多くの人に触れてみて欲しい映画です。
劇場での公開は2021年9月10日(金)。
©2021映画「ムーンライト・シャドウ」
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