映画『そして父になる』のネタバレあらすじ|是枝監督の著書から結末を徹底解説!
「新生児取り違え事件」が物語のモチーフになっている本作。
映画『そして父になる』は、「血」か?それとも「過ごしてきた時間」か?その狭間でゆれ動きながら、少しずつ父性を獲得していく父親を描いた作品です。
これまでも家族をテーマにした作品を世に送りだしてきた是枝裕和監督。本作において、カンヌ国際映画祭で審査員賞を受賞しました。
本記事はネタバレを含みますので未鑑賞の方はご注意ください。
監督の著書『映画を撮りながら考えたこと』を基に、結末について考察しています。
目次
映画『そして父になる』について
映画『そして父になる』は、2013年に公開された日本映画です。
監督は『万引き家族』、『三度目の殺人』の是枝裕和監督。制作時のスタンスとしては、誰かを悪者として描くことをせず、観客に問いを投げかけることを目指していると語っています。
一貫して鑑賞者の心に深く訴えかけてくる作品が多いのは、「神の視点による審判は下さない」というスタンスで制作されているからなのでしょう。
本作が生まれたきっかけとなったのは、主演の福山雅治が「作家性の強い監督の世界の住人になってみたい」という話を監督に持ちかけたことがはじまりだったそうです。
監督は福山雅治の今までにない一面を引き出したいと思い、いくつかあった企画のなかから一番その可能性が高い父親役をお願いすることになったと自身の著書に記しています。
海外からも評判の高い本作。『フェアウェル』のルル・ワン監督が、本作に着想を得た新作を手がけているという話も。こちらも実現されればどのような作品になるのか、今から楽しみですね。
10秒で分かる!映画『そして父になる』の簡単なあらすじ
出典:ギャガ公式チャンネル
大手建設会社に勤め、都心の高級マンションで妻と息子と暮らす野々宮良多。まるで絵に描いたような完璧な家族のもとに、ある日息子が生まれた産院から電話がありました。6歳になる息子の慶多が、取り違えられた他人の子だったと発覚したのです。
妻のみどりは「母親なのに、なぜ気づかなかったのか」と自分を責め、一方の良多はおっとりした性格の息子に抱いてた不満の意味を知ります。
戸惑いながらも相手家族、斎木家との交流をはじめることに。斎木家は、群馬で小さな電気店を営んでいました。血縁関係がある実子の琉晴が、自分の子どもの頃に瓜二つだったこともあり、血のつながりを重視する良多。半ば押し切る形で、子どもを“交換”することになったのですが……。
そこから良多の本当の“父”としてのあり方が問われていくのでした。
映画『そして父になる』のネタバレあらすじ
【あらすじ①】取り違えられた我が子
出典:IMDb
大手建設会社に勤務する野々宮良多(福山雅治)と妻みどり(尾野真千子)の間には、6歳になるひとり息子の慶多(二宮慶多)がいる。都心の高級マンションに住み、何不自由のない生活を送っていた。
慶多は小学校受験の面接で、学習塾で覚えたとおりの答えをして合格する。
ある日、慶多を出産した群馬の産院から電話があり、赤ちゃんの取り違えがあったかもしれないと告げられる。DNA検査の結果、慶多は実の子ではないことが判明した。
突然降りかかってきた出来事に、野々宮夫婦は戸惑いを隠せない。田舎の産院で産むことを反対していたと良多は昔のことを蒸し返し、みどりを責め立てる。
相手家族の斎木雄大(リリー・フランキー)とゆかり(真木よう子)は、群馬で小さな電気屋を営んでいた。血のつながりがある実子は、斎木琉晴(黄升炫)という慶多と同じ日に産まれた男の子だとわかる。
みどりの母(樹木希林)から「相手家族はどんな人?」と聞かれた良多は、「ああ、電気屋でした」とだけ返すのだった。
【あらすじ②】対照的なふたつの家族
出典:IMDb
定期的に野々宮家と斎木家は会うことになった。雄大が賠償金の話をすると、あからさまに軽蔑する良多。大学の同期に仲のいい弁護士がいるからと、良多は強引に話を進めていく。
その後も弁護士(田中啓司)を交えて病院側との話し合いを続けるが、答えは出ない。
良多の一声から、一泊だけ慶多は斎木家へ、琉晴は野々宮家で過ごすことにーー。
斎木家へ泊まりに行くことについて、良多は慶多に「大人になるためのミッションだ」と言って聞かせる。
緊張する慶多に雄大は「スパイダーマンって蜘蛛だって知ってる?」と聞き、慶多の緊張は少し和らぐのだった。
ある日、雄大に良多は「お金ならまとまった額を用意できるので、慶多も琉晴もこっちに譲ってくれませんか?」と冗談のように言い出す。
雄大は「金で買えるものと買えないものがある」と言って激怒する。
やがて病院を相手に賠償裁判が始まった。証人の看護師(中村ゆり)は、「事故ではなく、野々宮さんの家族が幸せそうだったから故意でやった」と証言する。しかしこの事件はすでに時効を迎えていたのだ。
【あらすじ③】“交換”の先にあった葛藤
体調を崩したと良多の父から連絡があり、良多は父(夏八木勲)と義母(風吹ジュン)の家を訪ねた。父は思いのほか元気そうで、「早く子どもを交換して相手の家族とは会わないことだな」と忠告する。
慶多のピアノの発表会の日。
たどたどしいながらも一生懸命にピアノを披露した慶多に対し、「くやしくないのか」と厳しく問い詰める良多。それを聞いた妻のみどりは「みんなあなたと同じじゃない」と言い返す。
その日の晩、良多はみどりから「あなたが慶多と血のつながりがないとわかったときに言った、あの一言だけは一生忘れない」と咎められる。
河原で凧あげをしに来た野々宮家と斎木家。みどりとゆかりは、子どもの話をしながら心を通わせていく。
この日を境に、子どもを交換して暮らすことになったのだ。
野々宮家に来てルールを教えられた琉晴は、「なんで?」を繰り返し抵抗する。
その頃、慶多もどこか寂しそうに斎木家の玄関でひとり座り込んでいた。
【あらすじ④】家族の出した答えとは?
みどりが寝ている隙に、琉晴はひとりで斎木家へ帰ってしまう。良多は琉晴を無理やり自宅へ連れて帰ると、キャンプごっこを始める。少しだけ距離が縮まったように思えたが、琉晴は流れ星に「パパとママの所に帰れますように」と願い事をしていた。みどりはベランダに出ると「琉晴が可愛くなってきた。慶多を裏切ってるみたいで申し訳なくて…」と泣くのだった。
翌朝、カメラを見返していた良多は、寝ている自分の姿をこっそり慶多が撮影していたことに気づく。良多は慶多に会いたくなり、琉晴を連れて斎木家へ向かった。
しかし良多の顔を見るなり、慶多は逃げ出してしまう。良多は追いかけていき、「もうミッションなんか終わりだ」と言って慶多を抱きしめた。
斎木家へ戻った慶多は「スパイダーマンって蜘蛛って知ってた?」と良多に聞き、良多は「知らない」と答える。ふたりは笑い合いながらひとつ屋根の下へ入っていく。
映画『そして父になる』のキャスト
野々宮良多/福山雅治
出典:IMDb
いわゆる勝ち組のエリートである野々宮良多。皮肉を言ったりと傲慢で冷淡な一面もありますが、息子に望まれる父親に近づくために努力を惜しまない人物として描かれていました。
野々宮良多を演じるのは、福山雅治。初の父親役だったそう。本作で日本アカデミー賞優秀主演男優賞を受賞しました。是枝監督作品には、2017年公開の『三度目の殺人』にも主役として出演しています。
野々宮みどり/尾野真千子
出典:IMDb
過保護なほど慶多を大切に育てている野々宮みどり。慶多が擦り傷をつくって帰って来たときの、動揺を隠しきれない様子からも見て取れます。自宅のテーブルにコーナーガードが取り付けられていたのも、恐らく慶多が怪我をしないようにするためでしょう。
野々宮みどりを演じるのは、尾野真千子。本作で日本アカデミー賞優秀主演女優賞を受賞しました。ドラマ、映画と多方面で活躍し、これまでも様々な役柄を好演しています。
斎木ゆかり/真木よう子
出典:IMDb
3人の子どもを平等に可愛がっている斎木ゆかり。多少粗雑なところはあっても、物怖じせず言いたいことははっきりと言う人物として描かれていました。
斎木ゆかりを演じるのは、真木よう子。本作で日本アカデミー賞最優秀助演女優賞を受賞しました。是枝監督作品には、2016年公開の『海よりもまだ深く』にも出演しています。
斎木雄大/リリー・フランキー
出典:IMDb
いつも冗談ばかり口にしている斎木雄大。子どもと同じ目線で全力で遊び、壊れたおもちゃもなんでも直してしまう愛情深い人物として描かれていました。
斎木雄大を演じるのは、リリー・フランキー。本作で日本アカデミー賞最優秀助演男優賞を受賞しました。是枝監督作品には、2015年公開の『海街diary』、2016年公開の『海よりもまだ深く』、2018年公開の『万引き家族』にも続けて出演し、『万引き家族』で日本アカデミー賞優秀主演男優賞を受賞しています。
映画『そして父になる』の結末を徹底解説!血のつながりか?それとも過ごした時間か?
出典:IMDb
本作の結末は、ふた組の家族が斎木家へ入っていくシーンで終わりを迎えます。その後ふたつの家族が、どのような決断をしたかまでは明確に描かれていません。
終盤で良多が慶多に「ミッションなんか終わりだ」と泣きながら言うシーンがあります。それは良多が慶多に課した大人になるためのミッション、つまり斎木家で暮らすことの終わりを意味しているように理解できますよね。しかしその後、ふた組の家族がどのような選択をしたのかは観客に委ねられているのです。
是枝監督は自身の著書『映画を撮りながら考えたこと』でこのように語っています。
「映画を撮るにあたり参考にした文献、ノンフィクション作家である奥野修司の『ねじれた絆-赤ちゃん取り違え事件の十七年』で書かれたふた組の家族は、互いの子どもを交換しなかった。だから、現代の設定にしたこの映画のなかでも「血」に閉じない着地点を提示できれば、いま描く意味があると思った」
新生児取り違え事件は、昭和40年頃に全国で多発していたそう。時代背景にもよるのでしょうが、当時ほとんどのケースが「血」を選んで互いの子どもを交換していたそうです。
本作で監督が描きたかったのは、「血」か「過ごした時間」のどちらが正解であるかではなく、巻き込まれた家族がその後どのような選択をしていくのか、開かれた可能性を探りたかったのではないでしょうか。
それはたとえ家族がどのような選択をしても、生きている間ずっと背負っていかなければならない問題だからでしょう。簡単に答えの出ることではないからこそ、このような結末を提示されたのではないかと理解できます。
映画『そして父になる』の見どころ
本作の見どころについてご紹介します。監督の制作意図を理解してから再度鑑賞してみると、別の視点で楽しめるはず。きっと新たな発見がありますよ。
父性を獲得していった父親の姿
出典:IMDb
タイトルにもつけられているように、本当の“父”になっていく一人の男性を描いた本作。良多は、肩書きや経済力で人を差別するような人物として描かれていました。なぜそこまで表面的なものにこだわっていたのでしょうか。それは良多の幼少期が影響しているようにも考えられます。
ゆかりに「子どもとつながっている実感がない男」と表現されていた良多。
そう思わせる理由の一つには、良多自身が幼少期に父母とのつながりを実感できなかったことが影響していると解釈できるでしょう。良多が「自分の父親は一緒に凧あげをしてくれるような父親ではなかった」と言うシーンや、「俺も実母に会いたくて家出したけど、すぐに父親に連れ戻された」と話すシーンがあります。そして父の後妻に対して一度も「お母さん」と呼んでこなかったことも、良多のなかでの葛藤が想像できるのです。
つながっている実感が得られなかったからこそ、目に見える実感(本作で言えば、血縁関係や肩書きなど)を頼りにするしかなかったのかもしれません。
良多は自分にも他人にも厳しい反面、上司の言った「ふたりとも引き取っちゃえよ」や自身の父が言った「慶多はどんどん相手の親に似てくるし、琉晴はどんどんおまえに似てくる」という言葉には、簡単に影響を受けます。そしてあたかも自分の言葉のように発言するのです。良多を描くうえで「二面性を持つ立体的な人物を描くことを念頭に置いた」と語る是枝監督。良多の鈍感で無神経な一面も如実に描かれていたからこそ、雄大という父親像がより一層子ども思いの父親としてうつったのでしょう。
子どもと同じ目線で一緒になって遊ぶ雄大に対して、子どもと一線を引きまるで条件つきでしか子どもと遊べない良多にとって、雄大は受け入れがたい存在だったはず。
雄大がかっこよすぎてカットされたそうですが、「子育てはピッチャーじゃなくてキャッチャーなんだ」というセリフが当初は用意されていたそう。良多は父親が投げたい球を投げるピッチャー型で、雄大は子どもがどんな球を投げてきても受け止めるキャッチャー型という、まったく違うタイプだということをそのセリフで表現しようとしたそうです。
ただそのセリフがなくてもその違いは他のシーンからでも十分に伝わってきます。
雄大の姿は良多にとって、取り返しのきかない“父親という仕事”の面白さや尊さを深く考えさせるきっかけになったことでしょう。
監督が語った、制作意図と撮影の醍醐味
出典:IMDb
①メインキャラクターに「血」と「時間」をめぐった決めゼリフを用意した
是枝監督作品のなかでも、エンターテイメント性が高い本作。物語の輪郭をはっきりさせ、オーソドックスな作劇を意図して制作されたそう。
メインキャラクターたちに、「血」と「時間」についてそれぞれの考えを語らせているのです。
たとえば、慶多と血のつながりがないとわかったときに良多が言った「やっぱりそういうことか」や「血はつながってるんだ。なんとかなるだろう」、雄大の「子どもは時間」、良多の父が言う「人も馬と同じで血が大事」、良多の父の後妻が言う「血はつながってないけど、情は湧いてくるし似てくる」、みどりの母が言う「産みの親より、育ての親って言うじゃない」などがそう。
随所でキャラクターの価値観が垣間見えるのです。
②キャストに助けられながら制作した作品
緊張している慶多に向かって雄大が言う「スパイダーマンって蜘蛛だって知ってた?」というセリフも、リリー・フランキー本人が子役の緊張をほぐそうと話しかけた言葉をそのまま取り入れたそう。作品のなかでも記憶に残るこのセリフは、最後に慶多が父の良多に同じことを聞いていましたよね。アクセルを踏み続けてきた良多にとって、一度ブレーキを踏んで一見くだらないような話が必要だったのだと伝わってくるシーンでした。
そして脚本についても、キャストから率直な意見をもらい復活したシーンがあったそう。たとえば良多が慶多の撮った写真を見て涙を流すシーンは、その前のシーンでいいカットが撮れたので最初は脚本から削除されていたのです。ところが真木よう子とリリー・フランキーから「あったほうがいいんじゃないか」という意見が出て復活し、作品のなかでも特に感動的なシーンとなりました。キャストに助けられ、キャストと一緒に創り上げていった作品だと監督は語っています。
まとめ
注目する場面によって様々な解釈や想像ができる本作。印象的なピアノの音色やセリフ一つをとってみても想いを巡らすことができる面白さがあります。『そして父になる』は、何度観返しても味わい深い作品なのです。簡単に答えの出ない問題提起だからこそ、考えさせられるはず。是枝監督の描く“父の姿”をぜひご覧ください。