ジブリ映画『火垂るの墓』の名言特集!
戦争映画といったら、名作ジブリ映画の「火垂るの墓」を思い浮かべる人は多いのではないでしょうか。
親を亡くした14歳の兄と4歳の妹が必死で生き抜く姿が描かれており、一般的にも人気の高い作品となっています!
戦火と貧困のなか、蛍のように儚く消えた2つの命。きっと色々なことを感じられると思います。今回は、胸打たれるシーンが多いなかいつくかの名言をご紹介します。
目次
- あらすじ
- 「火垂るの墓」の泣ける名言・名台詞
- 【名言①】昭和20年9月21日夜、僕は死んだ
- 【名言②】滋養なんて、どこにあるんですか!
- 【名言③】お母ちゃんのおべべあかん。お母ちゃんのおべべあかん!
- 【名言④】「てんぷらにな、おつくりにな、ところてん」「アイスクリーム。それから、またドロップなめたい」
- 【名言⑤】うちなおなか おかしいねん。もう、ずっとビチビチやねん
- 【名言⑥】兄ちゃん、お腹へった、喉乾いた
- 【名言⑦】ちょっきん、ちょっきん、ちょっきんな。ちょっきん、ちょっきん、ちょっきん……。
- 【名言⑧】大きなお風呂や。
- 【名言⑨】名言⑨」泳いだらお腹減るやん
- 【名言⑩】これオハジキやろ、ドロップちゃうやんか。
- 【名言⑪】なんでホタル直ぐ死んでしまうん?
- 【名言⑫】どこが痛いの?いかんね、お医者さん呼んで注射してもらわな。
- まとめ
あらすじ
1945年(昭和20年)9月21日清太(主人公)は、14歳の若さで衰弱死した。その時の清太の所持品は缶のドロップのみ。その中には、衰弱死した妹・節子の小さな小さな骨が入っていた。
太平洋戦争末期、兵庫県武庫郡御影町に住んでいた清太とその妹の節子は、6月5日の神戸大空襲で母と家を失いました。清太の父のいとこの嫁に身を寄せることになった。最初は順調に生活を送っていたが、だんだん邪魔扱いされてしまう。嫌がらせを受ける日々から逃げ出すように、清太と節子は家を出ることにした。近くの満池谷町の貯水池のほとりにある防空壕の中で生活を送っていたが、配給は途絶え、思うように食料が得られずに妹・節子は徐々に栄養失調になってしまう。
ある日、川辺で倒れている節子を発見した清太は、病院に連れていく、医師に突き返されてしまう。その帰りに銀行でお金をおろし、町に食料を調達に向かっている最中に、日本が降伏して戦争が終わったと知る。日本が敗戦し、父の所属する連合艦隊も壊滅したと知り、ショックを受ける清田。
節子に食べ物を与えようとするももう手遅れで、節子は終戦から7日後の8月22日に死んでしまった。清太もひどい栄養失調に侵されていて、身寄りもないため三ノ宮駅に寝起きする戦災孤児の一人として野垂れ死にました。その後、鉄道構内で衰弱し、霊的な存在となり清太と節子は再会する。それから2人は現代の時代まで成仏せずに迷い続ける・・・。
「火垂るの墓」の泣ける名言・名台詞
【名言①】昭和20年9月21日夜、僕は死んだ
この台詞は、一番初めの台詞です。物語の結末を冒頭で述べ、ここから兄弟が戦争と貧困に向かって必死に生きていく姿が描かれていきます。結末がわかっているのに、どんどんストーリーに引き込まれていく高畑勲監督の手腕はさすがです。
物語を全て観終わった後、もう一度このセリフを振り返るととても感慨深いものがあります。
【名言②】滋養なんて、どこにあるんですか!
妹・節子が栄養失調で倒れたときに清太が慌てて病院へ駆けつけると、医師に「滋養(栄養)をつけることですな」とただ一言言われて突き放されてしまいました。
食料を調達するのが難しい当時の状況でこの言葉をかけるなんて、皮肉ですよね。戦争中の冷たい世間を垣間見ることができます。
清太はまだ14歳と若いのに責任感が強く、世の中の事もよく分かっていました。厳しい環境で生きるからこそ身についたものなのかと考えると、とても切ないですね。
【名言③】お母ちゃんのおべべあかん。お母ちゃんのおべべあかん!
疎開先の叔母が、清太と節子の実の母の服を米に変えようとします。そのときの節子の台詞です。
叔母が清太、節子の服をまとめている時に節子が泣きながら必死に止めている姿は、とても胸が締め付けられるシーンです。
【名言④】「てんぷらにな、おつくりにな、ところてん」「アイスクリーム。それから、またドロップなめたい」
文字だけでみると普通ですが、この台詞にはいろんな意味が詰まっています。
節子が食べたいものを清太に伝えているシーン。お金も食料もない中、決して高望みはしない、その当時のひもじい生活が間接的に伝わってきます。また、清太は優しく責任感が強い為にその要望に応えることができずに苦しんでしまいます。この二人のやり取りにはとても胸を締めつけられます。
【名言⑤】うちなおなか おかしいねん。もう、ずっとビチビチやねん
節子が清太に、お腹の調子が悪いことを伝えているシーンです。「びちびち」は大阪弁で、下痢という意味です。
どんなにお腹が痛くても医者にいくことも出来ず、お先真っ暗という状況が垣間見れます。
【名言⑥】兄ちゃん、お腹へった、喉乾いた
ご飯も家もない状況で、節子がこの台詞を言います。頼る大人が一人もいない状況で発するこの台詞は、絶望感で心が痛くなります。
【名言⑦】ちょっきん、ちょっきん、ちょっきんな。ちょっきん、ちょっきん、ちょっきん……。
浜辺でカニを見つけて、カニを追っかけている時に節子が言った言葉です。無垢な節子を、ただただいとおしそうに眺める清太の姿は、まるで父親のよう。
清太だってまだ14歳の子どもなのに、周りの大人に頼ることができない環境は見ていてとても苦しいです。
【名言⑧】大きなお風呂や。
今と違ってどの家にもお風呂があるわけではありません。節子が海に入り言うこの台詞は胸に刺さります。
はしゃいでいる節子がなんとも可愛らしく見えてしまうシーンですが、海を”お風呂”と見立てて喜ぶ姿に胸が苦しくなります。
【名言⑨】名言⑨」泳いだらお腹減るやん
この台詞は、清太が節子に「泳ぎを教えてやる」と言ったときに節子が返した言葉です。食べ物がない生活が続いている厳しい状況を思い浮かびます。こんな言葉が4歳からでてくるなんて、戦争は壮絶だったことが感じとれます。
【名言⑩】これオハジキやろ、ドロップちゃうやんか。
栄養失調の節子が意識朦朧としながら、ドロップと思いおはじきを舐めてしまっている時に言った清太の台詞です。節子はドロップが大好きで
す。ドロップは、清太と節子にとって最高の贅沢でした。
栄養が足りず、朦朧とする中でなんとか手にしたものはただの”おはじき”。「今は苦しくてもいつかは必ず報われる」なんて救済の展開は一切ありません。ただただ戦争の苛烈さ、残酷さ、慈悲の無さを感じさせる苦しいシーンです。
【名言⑪】なんでホタル直ぐ死んでしまうん?
ホタルが死んでしまって、ホタルのお墓を節子が作ってあげてるときに節子がいう台詞です。ホタルの光は、儚く散る2つの命のいく末を暗示しているようです。
【名言⑫】どこが痛いの?いかんね、お医者さん呼んで注射してもらわな。
清太がうまくいかない生活に悔し涙を流しているときに、節子が言った台詞です。節子自身、栄養失調なのに、兄にこの言葉をかけるほど、優しい、清らかな子というのが伝わってきます。
ここでも兄弟愛を感じられ、涙がでます。
まとめ
たくさんの名言を紹介しましたが、あなたに強く刺さった名言はありましたか?
アニメでありながらも戦争の恐ろしさをリアルに描いでいます。また、戦争によって世界の絶望、人が次々と死んでいく状況を手加減なく表現していて、とても迫力があります。
4歳と14歳の兄弟が戦争の中必死に生き抜こうとする姿はとても勇気づけられますし、今の生活でも何もかも当たり前と思わず、感謝の気持ちを忘れずに生活をしなくてはいけませんね。
ティッシュを横にこの作品を観ることをオススメします!