映画『トゥルー・ノース』のネタバレ解説|10年の時を経て描かれた北朝鮮の真実
北朝鮮収容のリアルをありのまま映し出した衝撃の問題作、『トゥルー・ノース』。あえて3Dアニメーションで映像化する斬新さ、事実を元に作成したストーリーで大きな話題を呼んでいます。
謎に包まれた北朝鮮収容所ですが、囚人とみなされた国民はどんな過酷な生活を送っているのでしょうか?
日本と北朝鮮は外交がないことからその生活を知らない人もきっと多いはず。ですから実際に映像を観て目の前で真実を差し出されると「隣の国でこんな恐ろしいことが起きているのか……」と、初めは驚いてしまうかもしれません。
惨たらしい現実に耐え切れず、離席を覚悟する人もいるでしょう。しかし本作で描かれる世界から、決して目を離してはならないのです。
今回はネタバレを含みながら解説していきますので、未鑑賞の場合はご注意くださいね!
目次
映画『トゥルー・ノース』について
北朝鮮と言えばどんなイメージを思い浮かべるでしょうか?
あまりこの国について関心の高い日本国民は、そこまで多くないように見受けられます。「北朝鮮収容所」という言葉を耳にしても、実際にどのようなことが行われているのかをなかなか知ることも出来ませんよね。
謎のベールに包まれていた北朝鮮の実態を隠さず描いた作品が、『トゥルー・ノース』です。脱北(だっぽく)経験者に実際の体験を伺い、情報を集めながら制作。公開までには10年の歳月がかかりました。「公開には大きなリスクを伴う題材」として扱われてしまい、なかなか配給会社の協力などを得られなかったのです。
監督を務める清水ハン栄治さんが本作を作るに至ったきっかけは「人道的なインパクトを残したかった」から。人権問題を解決するべく、社会に訴えかけるような働きを試みたいと思ったそうです。この映画を通じて世界平和、そして収容所の人々の解放を求めるといった願いが込められています。
10秒で分かる!映画『トゥルー・ノース』の簡単なあらすじ
平壌(ピョンヤン)にて暮らすパク一家。兄のヨハンと妹のミヒは大の仲良しで、平和な毎日を送っていた。しかしある日から父親が家に帰らなくなり、不穏な空気が流れ始める――。
父の失踪からしばらくして、一家は理由も分からず、最も罪深き囚人が入所する「政治犯強制収容所」へ送還されてしまった。施設の中では殺人、暴力は当たり前。子供でも過酷な労働を強いられる劣悪な環境が一家を襲う。
成長し、人の心を失いつつあるヨハンと、人道的な部分を決して忘れない母とミヒ。収容所での生活で何年もの時が過ぎ去ろうとする中、ヨハンの家族が遂に……。
映画『トゥルーノース』のネタバレあらすじ
【あらすじ①】幸せを奪われた家族
一人の男性が大勢のメディアに囲まれながら、TEDトークで自らのことを語り始める。彼は母国・北朝鮮から亡命したのだ。「これは私の家族の話です」と、カメラに向かって過去を語り出す――。
今から12年前にパク一家は平壌で暮らし、ごくごく一般的な日々を送っていた。兄のヨハンとミヒ仲睦まじい兄弟で、特にヨハンは頑張り屋な性格。ちょっぴり厳しい父の期待に応えるべく、たくましさを決して忘れないのだった。
家族が幸せに生活をする中、ある日ちょっとした異変が起き始める。兄妹が近所のおばさん達に挨拶をしていても、返事さえ返ってこないのだった。おかしな雰囲気を感じ取っていると、2人の後ろには軍人が……。観て分かるほどの“監視”状態だが、あいにく子供である彼らにはこの意味を理解できなかったのだ。
それに加えて父が家に帰らない日々が続く。母のユリは「きっと戻ってくるわ」と子供達を励ますも、不安な気持ちでいっぱい。「僕が母さんとミイを守るよ」と意気込むヨハンだが、遂に魔の手が一家に忍び寄る……。
【あらすじ②】理由も分からず強制収容所へ
夜中に政府の人間が押し寄せ、パク一家は家宅捜索を余儀なくされることに。「あなたの夫は重大な罪を犯したんですよ」と言われ、父は政治犯としての疑いをかけられていた。その結果、反論の余儀なく連行されることになってしまう。
無理矢理トラックへ乗せられると、同じように荷物を抱え、死んだ目をした人々がズラリ……。行き先は政治犯強制収容所、北朝鮮の中で最も重い罪を犯した者が収容される施設だ。
施設内の扉が開くとガリガリにやせ細った老人など、見えるに絶えない光景が広がっていた。今にも死にそうな老人に暴力を振るい、それを目の当たりにして泣き出すミヒ。しかし子供にも容赦がないため、看守たちの勘に触ればいとも簡単に殺されてしまう。「おい、そいつ黙らせろ」と言われれば、もう従うしかないのだ。
家族3人は父の消息が分からないまま、劣悪な環境のあばら家で過ごすことになった。朝から晩まで動き、全身が泥だらけになってもまだ働かねばならない。そして食事の量は子供でも足りないほどの最低限……。苦しい生活を強いられるのだった。
【あらすじ③】身を守るための行いが災いを呼ぶ
収容所ではお互いを陥れることさえ普通で、囚人同士の蹴落とし合いも激しく目立っていた。更に公開処刑も行われており、ある日目の前で母親を射殺されたインスに出会う。彼はショックのあまり、流暢に話すことが困難な吃音症を患っていた。
ヨハンとインスは友人同士となり、時折看守の目を盗んでは施設内で遊ぶほどの仲になる。
それから数年が経過し、ヨハンとミヒは成長していた。相変わらず収容所からは出られないままだが、ヨハンは監視員の座にまで上り詰めていた。彼らとうまくやりながら、家族と身の保全を優先したのである。
しかし監視員とは囚人同士仲良くするのではなく、どちらかというと看守側の味方に付かねばならない。不正を行った人間がいれば密告し、冷酷な一面を貫き通す必要があるのだ。泣き叫ぶ囚人をよそ目に、人間を連行する日もあった。こうしてヨハンの心はどんどん荒み、反してミヒとユリは人道的である部分を譲らない。家族間でも溝ができ始めてしまうのだった。
彼の行いが仇となり、とある老婆の怒りを買ったことから作業場でユリが刃物で刺されてしまう。出血多量で息を引き取り、ヨハンは精神をやられてしまった。監視員の座を下ろされ、再び一般的な囚人としての日々が続く……。
【あらすじ④】ヨハンの危機
母の死から考えを改めたヨハン。死を迎える人間を看取る、こっそりと葬儀を行うなどして、劣悪な環境の中でも希望を見出せるような動きをするようになった。これを続けていくうちに囚人同士の結束は高まり、序盤のようなギスギスさが緩和されてきたのである。
生きる意味について考え始め、綺麗な星空を見上げてなごむ兄妹。最悪な環境の中でも小さな幸福を見つけ出すことができる――。だが、ここは強制収容所。更なる悲劇が彼らを待っていた。
以前からミヒを好いていた看守・リーが遂に、夜な夜な彼女へ手を出したのである。泣きながら帰ってくるミヒに、好意を抱いていたインスは怒りを抑えきれない。リーを襲撃してしまった彼は、なんと完全統制区域にて拷問を受ける羽目に……。
しかし彼はとても運が良く、一命を取り留めていた。そして「働き手が足りない」という理由で、ボロボロになりながらも拷問部屋から解放されたのだ!
脚は折られていてダメージも酷いが、生還したインス。友人の生存に喜ぶ兄弟だが、この頃にはリーの子供を授かってしまったミヒのお腹が目立ち始めていた。ヨハンはそして施設所からの脱出を考えはじめ……。
【あらすじ⑤】いざ脱北、だが……。
ある炭鉱のトロッコの下から、施設を抜け出す隙間があることを聞いたヨハン。4月15日の太陽節の日は施設内の警備が弱まることを予想し、実行することに。もし脱北が失敗すれば、家族も何もかもが連帯責任。3人は毒薬を手にし、命を懸けた逃走を試みるのだった。
きたる15日には施設内で集会が行われていた。軍の人間を招いて、ハン所長は囚人らに懺悔の言葉を要求する。するとここで、ヨハンが挙手をした。計画があるのにも関わらず、壇上で話を始める彼……。驚くインスだが、ミヒはこれが“合図”だと察した。スピーチの内容は施設内にふさわしくない、南朝鮮の歌が流れているということ。この事実は大混乱を招き、収容所はたいへんな騒ぎへ発展。
その間に逃走するミヒとインスはリーに見つかり危機一髪となるが、リーは彼女を本気で好いていた。「父親としての背中を見せてよ」と大きなお腹で訴えるミヒ。リーは2人を見逃す。
スピーチが終わり、泣き出す男性。そう、壇上で話をしていたのはヨハンではなく、インス。そして現在はミヒと結婚し、親となっていた。ヨハンは自分が囮となって、友人と家族を救ったのだ――。
生きる希望を失うことがなかったヨハンは、きっと今でも収容されている。真実を伝えるためのTEDトークは拍手に包まれながらエンディングを迎えたのだった。
北朝鮮の強制収容所について
時折メディアでも取り上げられる北朝鮮収容所は、日本で例えるなら刑務所のようなところです。しかし本作を鑑賞すれば分かる通り、国内では決して有り得ないような残忍な仕打ち、人権を迫害するかのような行為が横行しています。
『トゥルー・ノース』を更に理解するためにも、この施設についての基本的な知識を頭に入れておきましょう。
単なる犯罪者だけでない刑務所
「刑務所」と聞けば殺人を犯した者、窃盗をはたらいた者などが入所するイメージですが、北朝鮮の場合は“犯罪者”のカテゴリーがより複雑化しています。この国ではまず外へ出ていくことが許されませんし、最高指揮官らを欺く行為はご法度。
いわゆる外の国へ抜け出そうとした「脱北者」と国に背いた「政治犯」は特に厳しく処罰されるため、収容の対象となるのです。
施設は大きく分けて4つに分けられており、
- 比較的罪が軽い者=労働教養所
- 罪が重い者=強化所、
- 未決犯を拘留=集結所
- 最も重い罪である、政治的犯罪を犯した者=政治犯収容所
……と、このように成り立っています。
本作の舞台は一番下の政治犯収容所であり、たいへん劣悪な環境で描かれていますが、他の施設も厳しい生活であることには変わりがないんだとか。
施設の中には期限を満了すれば出所できる場合もありますが、地獄のような生活を強いられる以上、生還する確率は至って低いと言われています。
「完全統制区域」と1日の労働時間について
冒頭部分の集会にて、元クリスチャンの女性が完全統制区域へ連れ去られるシーンがありました。この時女性は「完全統制区域だけはやめて!」と激しく抵抗していましたが、それも無理はありません。なぜならこの区域に入ってしまえば、永遠に出所が不可能となってしまうからです。
施設内の労働は過酷なもので、子供でも1日12時間程度働くのが普通です。男女差はなく、女性でも重労働が課せられることが珍しくはないとか。作中でもミヒやユリが力仕事を行っている様子が描かれていますね。
そして仕事には必ずノルマが与えられ、達成できなければ1日の労働時間が伸びることもザラです。達成ができなければ延々と働かされる、運が悪ければ殺されるといった酷い仕打ちも……。
収容されたての頃、顔を真っ黒にして帰宅したヨハンが涙を流していたのも、厳しいルールが定められているからなのです。
犯罪を犯したら連帯責任?
『トゥルー・ノース』でもヨハンのお父さんが政治犯としての疑いをかけられ、一家全員が囚人となってしまいました。これは国のルールであり、家族が1人でも罪を作れば全員が連帯責任を被ることになるのです。
作中でも「脱北してバレたら家族が危ない」「自殺なんてしてみろ。家族に何をされるか……」のような会話が、囚人同士で交わされていましたよね。勝手に死ぬことも、1人で罪を償うこともできない。それが北朝鮮という国が定めたルールなのですから、国民は従わねばなりません。
映画『トゥルー・ノース』のギモンを解決!
北朝鮮でどのようなことが行われているかよく知らずとも、『トゥルー・ノース』を観れば現実を目の当たりにすることができます。
しかし「なぜこのシーンはこうなっているの?」と疑問が湧いた人もきっといるはず!皆さんが気になったポイントを解説していきます。
ギモンその①なぜパク家のお父さんは政治犯と疑われたのか?
パク一家は大黒柱である父の政治的犯罪を疑われ、収容施設へと連行されてしまいます。お父さんが一体どんな容疑をかけられたのかは、作中で映される写真などにヒントが隠されていますよ。
かつて北朝鮮では、1959年~1984年にかけて日本における在日朝鮮人が母国へ集団的に移住する出来事が発生しました。これを「帰還事業」と呼ぶのですが、パク家はこちらに該当していたのです。
だから「パチンコ」と日本語で書かれた建物の前に立っている写真があったり、日本製の時計を所持していたのですね。けれども国にとっては帰還者らは、常に監視の対象となっていたとか。
特にアヤしいことはしておらずとも、罪を捏造されることも頻繁にあり、強制収容所行き……なってしまった家庭が跡を絶ちません。パク一家が理由も分からず連行されたのも、恐らくこの問題が関係しているのでしょう。
ギモンその②看守がK-POPアイドルのDVDを観ていたのはナゼ?
冒頭で一家が連行される際、トラックの中でおばさんが「南朝鮮のラジオを聴いていただけで犯罪者扱いよ」といったことを話していましたね。
それなのに看守はお酒で盛り上がりながら、収容施設内でK-POPアイドルのDVDを観ながら大騒ぎ。「なぜ?」と思った人も多いかもしれません。
もちろん彼らだって見つかれば、国に背いたと見なされ罰されます。だからこそDVDは正規ルートではなく、裏から仕入れた(入手した)ものです。
看守らの行動から読み取れるように、北朝鮮に住む人全員が国の方針を心から理解しているわけではないのでしょう。北に生まれたからこそ“そう生きねばならない”だけ、ということです。
ギモンその③収容所に赤ちゃんがいるのはどうして?
リーとの子供を身ごもってしまったミヒに対し、ヨハンは「ここで赤ちゃんは産めないよ」と言います。けれども囚人の間には赤ん坊を抱っこしている女性の姿がありました。この差は一体、何なのでしょうか?
基本的に収容所で妊娠をしてしまったら、多くの場合は強制堕胎か、出産直後にすぐさま子供が殺されます。罪を犯した人間らの子孫を絶やすことが目的ですが、稀に例外も発生するのだとか。
囚人の中でも「模範囚」にあたるケースだと、時に出産を許されることもあるのです。あくまで予想にすぎませんが、赤ん坊を抱いていた女性はそれに該当したのかもしれませんね。けれども生まれた子供も結局は施設で生きていくことになりますから、絶対的な幸せは得られないことでしょう……。
映画『トゥルー・ノース』のみどころ
アニメーションがイイ味を出している!
CGアニメーションですから、キャラクターの動きはカクカクとしています。「昔科学のビデオで観たことがあるな……」といった、謎の既視感を覚えますね(笑)けれどもこのアニメーションが逆にイイ味を出していることに間違いはありません!
清水ハン栄治もインタビューなどで語っていますが、ストーリーの内容はかなりハード。題材も正直なところ、重いです。だからこそ人間が演じてしまっては生々しすぎてしまう……といった考えから、アニメで制作を行う運びとなりました。
アニメキャラクターでも暴力、殺人が行われているとなかなか堪えますが、実写じゃない分観やすくなっていることは事実。あえてCGというのも他になく、オリジナリティが溢れているのも素晴らしきポイントですね。
ヨハンの力強さ、キャラクターの温かさに勇気づけられる
過酷な環境の中でも生きる希望を見失わなかったキャラクター達。もちろん自殺をすれば連帯責任といった理由もありますが、それでも前を向き続けた彼らには心打たれるものがあるでしょう。
特にヨハンは一度人としての道を外れかけましたが、ユリの死に直面して改心。その後は恐怖ではなく、共に暮らす囚人へ希望を与える存在となりました。幼少期に「母さんとミヒは僕が守るから」といった力強い一面は、大人になっても変わることがなかったのです。
またミヒやユリの存在も非常にあたたかく、彼女らは決して人道的な心を忘れません。どんなに自分が辛くとも、いつだって人を気遣う姿勢には見習うべきものがあります。歪んだ概念の中で、真っすぐ生きるのはどんなに辛いことでしょうか。
2人を見ていると、我々が学ばねばならない部分がたくさん出てくるはずです。
ストーリーも秀逸!観客を惹きつける構成が◎
鑑賞前は「ドキュメンタリーのような作りかな?」と思っていたのですが、起・承・転・結が細やかに作りこまれた物語。最後までドキドキ・ハラハラ感を失わせない構成となっています。
約90分程度と短い作品ではあるのですが、ダレることなく話が進んでいくのも特徴的。割とこういった話は前日譚がやたらと長い、などの悪い現象が起こりがちですが(苦笑)本作に至ってはとてもスムーズ。時間めいっぱい収容所のリアルを描き、内容がとても濃密になっています。
その分過激な描写も多いものの、現実を知るには泥臭いシーンも欠かせません。良い意味で“容赦がない”ため、お涙頂戴だけで作られた映画ではないことが容易に分かります。監督の強いメッセージ性を、至る所から感じることができるでしょう。
映画『トゥルー・ノース』のまとめ
北朝鮮の知られざる強制収容所の姿を余すところなく描いた作品、『トゥルー・ノース』。実話をベースに作られたストーリーは痛ましい部分ばかりで、目を逸らしたくなってしまうかもしれません。
しかし近くの国で起きている出来事を知り、理解を深めることが世界平和の第一歩ではないでしょうか。ただ「可哀想」で「ひどい」ことを伝えたいだけでなく、この映画による告発により、未来がどうなっていくかまでをぜひ想像してみてください。
作品数はあまり多くありませんが、強制収容所といった題材を扱った作品はいくつかあります。本作でこの問題に興味を抱いたなら、他のものにも触れてみましょう。1人1人の理解を示す行動が、今後を変える大きなきっかけとなるかもしれませんよ!
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