井口奈己監督映画4作品みどころ&撮影秘話!独特の空間演出で繊細に”感情”を描く
海外でも評価の高い井口奈己監督。独特な時間の流れや空間の演出によって、人と人の複雑な感情を描くことで、『人のセックスを笑うな』や『犬猫』等の話題作を世に送り出してきました!
井口監督は、1967年、東京生まれ。2001年に自ら脚本・演出を手掛けた8mmフィルム映画『犬猫』でデビューをしました。“自然体”の気持ちを女性監督らしく表現することが特徴で、その手法が評価されフランスの権威ある映画雑誌『カイエ・デュ・シネマ』でも日本の女流映画監督の代表として紹介されるなど、世界の映画界からも注目を集めています。
今回は、そんな井口監督の手掛けた映画4作品のみどころを、撮影秘話を交えながらご紹介していきます!
井口奈己監督の手掛けた映画解説!
井口監督は『ニシノユキヒコの恋と冒険』の制作時に、「画という存在が球体だとしたら、その半分を私たちがつくって、世の中に出し、映画を見てくれる人があとの半分をつくって、完全な球になるイメージです。」とコメントされています。これは『ニシノ〜』だけに限らず、全ての作品にあてはまる共通のメッセージと言っても過言ではありません。
それでは早速、井口監督の作品4作をご紹介します。
1.犬猫(2004)
出典:Amazon.com
あらすじ
ヨーコ(榎本加奈子)は友人のアベチャン(小池栄子)が中国に留学している間、彼女の家の留守を預かることになった。そこに突然現れたのは、幼馴染のスズ(藤田陽子)。彼女は同棲していた吉田(西島秀俊)の家から飛び出してきたのだった。2人は幼馴染といっても、微妙な距離感の関係。なぜなら、2人の性格は正反対なのだ。しっかり者だけど不器用で本当の気持ちを言うのが苦手なヨーコ。天真爛漫で可愛らしい女の子のスズ。性格は正反対なのに、2人はいつも同じ「男の子」のことが気になってしまう。そんな2人の共同生活が始まった。
独特な雰囲気が特徴!「犬猫」井口奈己監督撮影裏話
・今作は、2001年に上映された8mmフィルム映画『犬猫』を井口奈己監督自らがリメイクされたものです。2001年の『犬猫』は井口監督のデビュー作品でありましたが、国内外から高い評価を受けました。名シーンは、だいたいそのままの撮り方でリメイクされています。
・自然体を意識して作り込まれた今作品。本来ではノイズとしてカットされてしまうような車の音もそのまま入ってます。映画を見る上で「会話が聞き取りにくい」とマイナス評価をされがちですが、今作はこれらを含めて高い評価を受けています。
井口奈己監督にしか描けない!この映画の魅力ポイント
井口奈己監督が得意とする“自然体”の演出。35mmフィルムの映画のため、一見粗い印象を受けるかもしれませんが、今作はこの「自然な感じ」を堪能していただきたいです。
性格がことごとく正反対で、なかなかかみ合わない2人の女性のやり取りと感情の起伏は、見ている人を“苛立たせる”かもしれませんが、「あー、こんな女の子いるいる」とあなたもきっと気づくと思います。直接描写せずに、自然に映像として切り取る、井口監督の映画の真骨頂とも言える作品です。
映画のタイトルでもある『犬猫』。今作は、決して「犬」と「猫」の物語ではありません。2人の女性の“複雑”で“計算高く”そして”繊細”に揺れ動く気持ちを描いた映画です。是非、『犬猫』の意味をご自身で感じ取ってみてください。
2.人のセックスを笑うな
出典:Amazon.com
あらすじ
美術学校に通う“恋愛”をまだ知らない19歳のみるめ(松山ケンイチ)は、20歳年上の39歳の非常勤講師ユリ(永作博美)と恋に落ちる。そんなみるめに密かに想いを寄せてるのが、同じく美術学校に通うえんちゃん(蒼井優)。みるめがユリに恋愛感情を抱いていることを知って複雑な気持ちを抱えているなか、ある日、えんちゃんはユリが既婚者であることを知る。ユリの気持ちを確かめに行くえんちゃん。「付き合っちゃだめかなぁ。だって触れてみたかったんだもん。」ユリは、そう無邪気に答えるのであった。
一方のみるめは不倫は望んでいない。ユリと連絡を断とうとするが・・・。
独特な雰囲気が特徴!「人のセックスを笑うな」井口奈己監督撮影裏話
・井口監督曰く、とにかくロケ地への交渉が大変だったとか。理由は、「タイトルに“セックス”と入っているから。」その度に、ポルノ映画ではないことを説明しなければならなかったみたいです。笑
・原作は山崎ナオコーラの『人のセックスを笑うな』(河出文庫)。2004年の第41回文藝賞を受賞、翌年の第132回芥川龍之介賞の候補作にも選ばれた作品です。その作品を、『犬猫』の撮影技法で話題になった井口監督が映像化されました。
井口奈己監督にしか描けない!この映画の魅力ポイント
小悪魔的存在な永作博美演じる年上女性のユリと、恋愛に無知で突然、“恋愛”について知ってしまった松山ケンイチ演じるみるめ、そして、みるめの側にいるのに自分の気持ちに気づいてもらえず、でもはっきり言えない女子大生の蒼井優演じるえんちゃん。この3人のはっきりとは描かれないけれども、自然に演出されている会いたくてたまらない気持ち、さらには、ずるさや嫉妬といった感情に注目して欲しい、そんな作品です。
どぎついタイトルに、いったいどんなラブコメディなのかと想像をしてしまいますが、実際は、純朴な青年の純愛をテーマにした青春映画。井口監督の得意な“自然体”の演出によって、“よくありそうなシチュエーション”の“よくいそうな男女”を描かれてます。井口監督は「長回し」の撮影手法でも知られていますが、カットがなかなかかからない中、キャストのアドリブがいい具合に入って、さらに“自然体”が増しています。
年上女性のユリに振り回される純朴青年のみるめ。この2人のやり取りの中には「何も語られない時間」があります。現実の恋愛が、常に会話やしぐさで構成されてないように、言葉にならない恋愛のもどかしさを、是非、今作にて堪能していただけたらと思います。
3.ヒカリエイガEpisode6 「Lumière?」
あらすじ
舞台は、東京・渋谷にある高層複合商業施設「渋谷ヒカリエ」。多くの人が行き交う渋谷で起きた小さな物語。
【プロローグ&エピローグ】(ドキュメンタリー)多くの人で賑わう「ヒカリエ」。そのヒカリエの朝の開店準備の慌ただしさと、人影が消えた閉店後。ヒカリエの賑わいは、日々繰り返す。
【キラキラ】22年前、6歳のかおり(浅田光)は母親に食品売り場に置いていかれた。かおりは、母親が戻ってこなかったあの場所を訪れる。
【Make My Day】化粧という仮面の奥に隠された女性の本当の顔を覗いてみたい。そんな男性(木村龍堂)が化粧品風フロアで化粧体験をし、女性の素顔を探る。
【SAMURAI MODE〜拙者カジュアル〜】おしゃれは誰しもを“ハッピー”にする力がある。冴えない男性も、タイムスリップした侍も、原始人も!みんなおしゃれをして“ハッピー”になれる、そんなお店のはなし。
【So-Far】カップル(Tim Gallo、Merii)が、新婚生活を始め、家具を揃えるためにインテリアショップを訪れた。しかし、ソファー選びで意見が合わず、店内で喧嘩をはじめてしまう。
【元気屋の戯言 マーガレットブルース】渋谷の寅さんこと元気屋エイジ(元気屋エイジ)のドタバタ劇場。ヒカリエ7Fのレストランフロアで、酔っ払いを慰めたり、追われる女性(柳英里紗)と一緒に逃げたり。はたして彼の正体は?
【Lumiere?】おしゃれをして、ウキウキしながら彼とのデートの待ち合わせをしているところに、彼からドタキャンのメールが。「今日は記念日なのに!」とがっかりした彼女(藤本泉)は8Fのコートで眠ってしまう。夢の中に彼が現れるが・・・。
【To the light (in progress)】エスカレーターをめぐる愛と喪失の幻想物語。
【私は知ってる、私は知らない】シアターオーブ内。幽霊が見えると言う薬を飲んだ男(荒金蔵人)は、15年前に亡くなった彼女(渡辺奈緒子)に出会う。そこは2人の思い出の場所であった、ヒカリエができる前にあった東急文化会館であった。
独特な雰囲気が特徴!「ヒカリエイガ」井口奈己監督撮影裏話
・今作は、渋谷の高層複合商業施設「渋谷ヒカリエ」の開業1周年を記念して制作されたオムニバス短編集。それぞれのフロアの物語を9人の監督によって手掛けられ、井口奈己監督は『Episode6「Lumière?」』を制作されました。
井口奈己監督にしか描けない!この映画の魅力ポイント
9つの短編集からなる今作、やはり注目していただきたいのは9人の監督によって高層複合商業施設「ヒカリエ」を描いたところにあります。多くの人が行き交う渋谷は、様々なドラマがあり、また渋谷に対しての様々な見方・想いがあります。作風の違う9人が短編集とはいえ、一つのテーマを表現していきます。井口監督も、今作で彼氏にドタキャンされた彼女の心境を“自然体”で表現されていますので、是非注目ください!
4.ニシノユキヒコの恋と冒険
あらすじ
ルックスもよく、仕事もでき、セックスも抜群で、女性には優しいニシノユキヒコ(竹内豊)。彼はとてもモテる男で、常に魅力的な女性たちがまわりにいた。はじめは女性たちをトリコにしてしまうのに、最後には必ずフラれてしまう・・・
ニシノユキヒコが、真実の愛を求めて幅広い世代の7人の女性たちを相手に繰り広げる、淡くて切ない冒険の連作短編集。
独特な雰囲気が特徴!「ニシノユキヒコの恋と冒険」井口奈己監督撮影裏話
・井口監督が今作の一つのポイントに据えたのが、どうやってニシノの「モテる」感じを出すか、でした。物語ではニシノは7人の女性からモテますが、一度に何人もからモテているところを見せないと、単なる恋の短編集になってしまうため、脚本を何度も書き直すほど悩まれたそうです。
・自然体を「長回し」で表現する井口監督ですが、今作ではニシノがマナミとイチャイチャするシーンではキャストを困らせた程。監督の「(アドリブで)もっとイチャイチャして!」の指示でテイク3まで撮られたイチャイチャするシーンは、最終的にキスシーンになってしまったとか。キャストが魅力的で「カット」がかけられなかったそうです笑
井口奈己監督にしか描けない!この映画の魅力ポイント
一番の注目ポイントは、やはり監督も悩まれたというニシノユキヒコの「モテっぷり」。ニシノ演じる竹野内豊さんが、もはやニシノにしか見えない!というぐらいモテる男になりきっています。そして、ニシノを取り巻く女優陣。どの彼女との恋愛シーンも、本当のカップルのような“自然体”な演出がされています。一方で、ニシノのが挑む悲しく切ない“冒険”によって、滲み出る“寂しげ”な表情。井口監督特有の「長回し」から生まれる“独特な時間・空間”から、ニシノのモテるマスクのさらに奥の感情を感じ取ってみてください。
まとめ
以上、井口奈己監督の4作品をご紹介しました。
“自身の映画は半分は制作サイドが作って、残りの半分は見る人がつくる。そうすることで映画が完成する”、と井口監督はメッセージを発しています。「長回し」の手法によってキャストの“自然体”を引き出し、また、独特の間を与えることで見る人に想像する時間を映画の中に織り込むことが特徴の井口映画。全てを語らないから見えてくる、人間の繊細で時に汚く、生々しい感情の変化を是非とも感じ取っていただけたらと思います!