公開40周年!『劇場版エースをねらえ ! 』のスゴさは強烈な出﨑演出にアリ
1979年9月8日。今から40年以上前に、後に伝説として語り継がれるアニメ映画が公開されました。その名は『劇場版エースをねらえ!』。2019年3月には、公開40周年を記念して、東京・ユジク阿佐ヶ谷で特別上映が行われたのも、記憶に新しいところです。
「伝説って言われても、古いアニメだし観たことない」「名前くらいは知っているけど」「上戸彩が主演してたドラマ!」――まだ未視聴の方々からすれば、世代によって、作品に対する認識は色々違っているかもしれませんね。勿論、伝説と呼ばれるにはそれなりの理由があります。
一体、本作の何が凄かったのか?映画の内容から関わったスタッフまで、様々な角度から伝説のアニメ映画に迫ります!
目次
根強くファンに愛され続ける『エースをねらえ!』について
山本鈴美香による原作『エースをねらえ!』
『エースをねらえ!』を劇場版しか御覧になったことの無い方の為にご説明しておくと、『劇場版 エースをねらえ!』の原作は、山本鈴美香が手掛けるテニスを題材にした少女漫画です。1973年から1975年まで週刊マーガレットに連載され一度は完結していますが、その後、TVアニメ版の再放送から人気が再燃し、1978年から1980年まで同誌にて第二部が連載されました。
70~80年代にかけて、テニス・ブームを引き起こした大人気作品であり、「元祖テニス少女漫画」にして「スポ根漫画」の傑作として絶大な人気を誇っていたのが『エースをねらえ!』なのです。
その影響度がよく分かるエピソードとして、あの松岡修造氏が、『エースをねらえ!』に影響を受けてテニスを始めたというものがあります。何せ、海外遠征の際には、原作本を全巻持ち込んで、モチベーションを高めていたというのですから、その心酔度は相当なものですよね。リアルタイム世代にとっては、岡ひろみになるぞと決意してテニス部に入部した方もきっと多いのでは?
『エースをねらえ!』TVアニメ版について
実は劇場版が公開される前に、『エースをねらえ!』は2度、TVアニメ化しています。『旧エース』とも呼ばれる第1作目は、1973年から1974年にかけて全26話が放送され、残念ながら視聴率の低迷が原因で、打ち切りとなってしまいます。尚、1作目を手掛けた監督の出﨑統や作画監督の杉野昭夫といったスタッフは、後に劇場版の主要スタッフとなる面々です。
1作目は原作の中盤までの内容で打ち切りとなってしまいましたが、再放送をきっかけに再評価され、スタッフと一部キャストを一新した第2作目となる『新・エースをねらえ!』が1978年から1979年にかけて放送されました。
旧作と比べて、より原作に近い形でのアニメ化で、原作のハイライトとなる宗方仁の死までが描かれています。先述した出﨑統や杉野昭夫らは関わっておりませんが、『新・エースをねらえ!』が好評であったことを受けて、劇場版制作へと繋がったのです。
余談ですが、TVアニメ版2作のBlu-ray BOXリリースがリリースされた際に、公式サイトで庵野秀明監督(『新世紀エヴァンゲリオン』他)の熱いコメントが寄せられています。『エースをねらえ!』の後世のクリエイターに与えた影響力が理解できますので、必読ですよ!
劇場版は完全新作!
『新・エースをねらえ!』の人気を受けて、『劇場版エースをねらえ!』の制作が決定。しかも、よくあるTVアニメを再構築したものではなく、完全に新規の作品として制作されました。『新・エース』と同じように、岡ひろみと宗方仁との出会い、そして仁の死までが描かれています。
『旧エース』の主要スタッフだった出﨑統、杉野昭夫といったスタッフが再集結し、同時期に制作されたTVアニメ『宝島』にも参加していた美術監督の小林七郎、撮影監督の高橋宏固といった、後に「出﨑カルテット」とも呼ばれる、アニメ史に残る卓越したクリエイター達によって、実現した映画化となります。
改めて歴史を振り返ってみると、作品誕生に至る流れにも、何だか運命的なものを感じますね。
『劇場版 エースをねらえ!』を手掛けるのはアニメ界の伝説、出﨑統監督
本作の内容に触れる前に、先程から何度か名前が挙げられている、出﨑統監督及び「出﨑カルテット」の面々について紹介してきます。
出﨑統監督の偉大な仕事を、全て語ることは不可能です。関わった作品を幾つか挙げるなら、『エースをねらえ!』は勿論、『あしたのジョー』(監督・チーフディレクター・演出他)、『ガンバの冒険』(チーフディレクター・演出他)、『立体アニメーション 家なき子』(総監督、絵コンテ、演出他)等々、枚挙にいとまがありません。
「古い作品ばかりで分からない!」という若い方もいらっしゃるかもしれませんが、あの『機動戦士ガンダム』等の富野由悠季や、先程も挙げた庵野秀明、『GHOST IN THE SHELL / 攻殻機動隊』等の押井守といった、錚々たる面子がこぞって出﨑統氏に憧れていることを知れば、その凄さが理解できるのではないでしょうか。
出﨑統に杉野昭夫、小林七郎、高橋宏固からなる「出﨑カルテット」と呼ばれた面々は、『劇場版エースをねらえ!』『家なき子』『宝島』などの作品を世に送り出しています。中でも本稿の主役でもある『劇場版エースをねらえ!』は、出﨑統の作風の完成形とも評され、最高傑作とする声も多いのです。
『劇場版 エースをねらえ!』あらすじ
主人公の岡ひろみは、お蝶夫人こと竜崎麗香に憧れて、名門・西高のテニス部に入部したばかりの高校1年生。ある日、ひろみは新任コーチの宗方仁によって、関東地区予選の選手に指名されてしまう。突然始まった特訓の日々と、周囲の嫉妬やイジメに戸惑い、葛藤しながらも、仁の徹底的な指導の元で、ひろみはその才能を開花させていく。
『劇場版 エースをねらえ!』魅力的な登場人物たち
岡ひろみ
本作の主人公。お蝶夫人に憧れて、ややミーハー気分でテニス部に入部するも、宗方仁に才能を見出され、厳しい特訓を受ける日々を過ごすことになる。
日常においては、明るく元気な普通の女の子として描かれますが、周囲の嫉妬から発生するイジメや、仁の無茶な要求に対して、何度もテニス部を辞める決意をするも、何だかんだで応じてしまうところに、透明な天才性を感じさせます。本作では、何度か出てくる仁との電話でのやり取りが良いですね。
宗方仁
将来が期待されたテニス選手でしたが、病気により選手生命が絶たれてしまいます。西高のテニス部コーチとして就任後は、ひろみの天性の運動神経に気付き、素人同然のひろみを代表選手に抜擢。
鬼コーチであり、無口で考えが読めないところもありますが、厳しい言葉の裏には必ず理由があり、曲がったことはしない性格です。ひろみを立派な代表選手にまで成長させながらも、彼女の世界での活躍を見ることなく、27歳でその生涯を閉じます。
竜崎麗香
通称、お蝶夫人。超高校級プレイヤーであり、庭球協会理事の娘であり、西高の生徒会副会長でもあるお方。自身に憧れるひろみを可愛がり、大切にしている反面、ひろみに執着する仁の態度に割り切れぬものを感じ、序盤はひろみに冷たく接することもありました。
ひろみの才能を認めてからは、同じテニス選手の良き先輩として振る舞う、誇り高き女性として描かれます。本作では、ひろみに試合で負けてもその気高さは失われませんでしたね。
緑川蘭子
宗方仁とは異母兄妹であり、170センチの長身を誇る、西高のライバル高、加賀高校の優秀なエース。通称、加賀のお蘭。お蝶夫人の最大のライバルでもあります。本作では、兄を心配しその身を案じる、健気で優しい妹としての姿と、颯爽とバイクで登場するカッコ良さとが相まって、実に魅力的なキャラクターとなっています。
愛川マキ
ひろみの親友にして、本作では狂言回しのような役回りを担う人物。テニス・プレイヤーとしては凡庸ながらも、明るく優しい性格の持ち主です。突然代表選手に選ばれて戸惑うひろみを気遣い、時に叱咤し、常にひろみの味方であり続けます。ひろみと牧による軽快な会話シーンもまた、本作の大きな魅力の1つと言えましょう。
藤堂貴之
西高の生徒会長を務める、男子テニス部の副キャプテン。容姿・性格共に優れた学園の王子様的存在であり、仁の厳しい特訓や周囲のイジメに耐えるひろみを支える好青年。ひろみに好意を抱きますが、仁に諭され、静かに見守る役回りに徹することに。本編ラストで仁が余命僅かであることを知らされ、動揺しつつも、仁の意思を受け止めます。
尾崎勇・千葉鷹志
西高男子テニス部のキャプテンである尾崎勇と、新聞部員の千葉鷹志は藤堂の親友。原作と比べると、あまり目立つ場面もなく、立場的にやや地味な印象は否めませんが、本作では藤堂と共に3人で行動するシーンが多く描写され、仲の良さそうな姿が何とも微笑ましい。彼ら一人ひとりの魅力を知りたい方々は、ぜひ原作を読んでください。
『劇場版 エースをねらえ!』の強烈すぎるみどころ
『劇場版エースをねらえ!』は、原作では第一部にあたるストーリーを、何と90分に凝縮して描き出してしまいました。当然、細かい展開の積み重ねなどは極力排除され、原作を知らないと、物語展開に若干の唐突な部分があるのは否めません。しかし、全てのシーンが一球入魂、どのカットにも強烈な演出が導入されており鑑賞後は「何だかとんでもないものを観てしまった……」となること請け合いです。
例を挙げましょう。岡ひろみとお蝶夫人がダブルスで、宗方仁の異母兄妹でもある緑川蘭子と対戦する場面。試合途中に、突然ヘリコプターが爆音で頭上を通過する、という演出が2回繰り返される有名なシーンです。
文章で書くと意味が分からないかもしれませんが、とにかくそのヘリコプターが登場人物の心情を表しているらしい演出が、異様にクールに見えるのだから驚きます。尚、試合は勝敗の結果すら見せずに終わるという潔さも凄い。
作品後半のハイライト、ひろみとお蝶夫人との試合の描写も凄まじいです。止め絵の迫力やBGMと効果音の緊張感はもちろん、お蝶夫人役の池田昌子さんによる、強烈な叫び声に圧倒させられるはずです。
止め絵、画面分割、透過光といった俗に言う「出﨑演出」が惜しみなく盛り込まれているだけではありません。魅力的なキャラクターを端正に表現した作画、丹念に描き込まれた美術、実験的ですらあるカメラ・ワークといった、後のアニメーション作家に多大な影響を与えた数々の手法が、奇跡のようなフィルムを生み出したのです。
アニメ史に残る1979年という時代
本編の内容とは直接関係はありませんが、『劇場版エースをねらえ!』が公開された1979年は、アニメの歴史においても非常に重要な年なのです。
『宇宙戦艦ヤマト 新たなる旅立ち』(りんたろう監督)、『ルパン三世 カリオストロの城』(宮崎駿監督)がそれぞれ劇場公開され、富野由悠季による『機動戦士ガンダム』のTV放送が始まった年、と言えば熱烈なアニメ・ファンでなくとも、その凄さや意義が理解できるはずです。
その他にも、途中参加で出﨑統がチーフディレクターを務めた『ベルサイユのばら』や、厚生省児童福祉文化賞を受賞した『赤毛のアン』なども放映されています。誰もが名前くらいは聞いたことのある作品ばかり、というのが本当に凄まじいですね。
当然ながら、アニメを観るにあたって必ずしも時代背景や歴史を知らなければならない…なんていうことはありませんが、知っておくことでまた違った見方や楽しみ方を味わえます。
作品に関わったスタッフの経歴や、その時代にどのようなことが起きていたのか、同時期にどんな作品があったのか…そういったことを調べたり学んだりすることもカルチャーを楽しむための一つの手段です。よく知っている作品の違った魅力に気付けるかもしれませんよ。
まとめ
『劇場版エースをねらえ!』は、作品自体の素晴らしさはもちろん、制作に携わった出﨑統監督を始めとするアニメ・スタッフや、作品が生まれた時代背景や当時のアニメ・シーンの動向も含めて、まさに「伝説」と呼ぶに相応しいアニメ映画です。
40年以上前の古い作品だからこそ、色褪せない魅力や現代のアニメにはない価値を感じ取ることができるはずです。アニメ・ファンであれば一度は観て欲しい名作を、ぜひその目で耳で味わってくださいね!